イベント

「こんなアウトリーチやりました」 C01 大原繁男氏

終了
2024/ 08/ 21

題目:あいちSTEAM教育 知の探究講座「日本語からはじめる」

日時:2024年8月21日(水)14:00~16:00
場所:名古屋工業大学 21号館 2111講義室
参加者:愛知県立高等学校の生徒17名と私学2名,1年生11名,2年生8名,男性12名,女性7名 

 あいちSTEAM教育,知の探究講座として,「日本語からはじめる」と題するアウトリーチ活動を行いました。この講座の最後に発表会があるのですが,昨年度から発表要旨を高校生に書かせる試みを始めています.昨年度の発表要旨の出来具合は生徒間でものすごくばらついており,様式を守ることから教えないといけないことがわかりました.そこで,今年度から「日本語からはじめる」と題して,論理文の書き方の講義を導入しました. 

 最初に,日本語から何をはじめるか,について話しています.論理的な文章を書くことは,論理的思考能力を高めることと英語をはじめ複数言語の理解につながることを挙げています.また,自動翻訳の時代が来ても正しい日本語でないと正しく訳されないよね,と話します. 

 次に,文章を書く動機を考えさせました.事前学習として,私たちが文章を書く理由を考えてきてもらっています.5人程度の班で意見交換とまとめをしてもらい,まとめを板書してもらいました. 4つの班のまとめから共通項を取り出すと「読み手に自分の考えを伝えるため」という目的と「何かを記録するため」という機能が出てきました.では,文章を書くときに相手に伝わることを意識していますか,と問いかけて,考えたことがないことに気づかせます.論文や予算の申請書,取扱説明書の内容が読み手に伝わらなかったらどうなるだろうか,と話していきます. 

 今回,文章がうまいとされる作家を分析してみよう,ということで,村上春樹の小澤征爾さんの追悼文を調べてみました.一文50文字以下の短い文で構成されていること,文の完全度が高くほとんどの文で日本語に多い主語や目的語の抜けがないこと(主語が抜けている場合は意図を感じること),パラグラフ(段落)ごとに,トピックセンテンスがあり起こりと結びがあること,パラグラフがつながって全体に起承転結があること,を解説しました.村上春樹の分析は,今回初めてやってみたのですが,調べてみてすごいなと思いました. 

 起承転結は論理的文章においては,主題から主張に至るまでの論旨であること説明しています.パラグラフごとに小主題とそれに対する一つの主張が展開され,トピックセンテンスがつながって全体の流れをつくることを説明しました.その結果として,発表要旨の様式があり,長さなども含めて様式を守ることの大事さを話しました. 

 悪い文章の例も検討しました.一文が長く,無駄な重複があること,わかりにくい言葉を使っていること,主語や目的語の抜けが多いこと,に気づけます.清少納言の枕草紙の「はるはあけぼの」ではトピックセンテンス「はるはあけぼの,なつはよる,あきはゆうぐれ,ふゆはつとめて」の七五調の美しさに気づけます.同時に,原文をみると日本語には元々パラグラフもカンマもマルもないことがわかります.日本人がパラグラフを使わないのも無理もない,ということですね. 関係詞がない日本語では修飾関係もわかりにくいことも話しています.「黒い目のきれいな女の子がいた.」という有名な文が八通りに読めることを調べさせます. 

 最後に事実と意見の違いを解説しました.「事実とは,証拠をあげて裏付けすることのできるものである.」「意見とは事実にもとづいて,何事かについてある人が下す判断である.ほかの人はその判断に同意するかもしれないし,同意しないかもしれない.」ことを教えています.トランプ氏が大統領のときの補佐官が使った“Alternative facts”という奇妙な言葉も紹介しています.事実にもとづかない主張(意見)をするためにひねり出した言葉です. 

 参考文献は三つ挙げています.最後に記しておきます.木下先生の本は私は高校生の頃に読んだのですが,今読んでも全く古びていません.ただ,辛抱強く読む必要はあるかなと思います.『理科系の作文技術』は漫画版も出ています.戸田山先生は名大の哲学の先生です.名古屋の生徒たちですから,名大の先生の本がよいだろうと思って紹介しています.Kindle版もあります.哲学者がしばしば論理文の書き方の本を出しています.彼らは言葉をたたかわせる学問分野だからだろう思っています.戸田山先生はいろいろと面白い本を多数書いています.2020年に阪大がアカデミック・ライティングの解説をweb上にだしています.無料ということもあり紹介しています.同じころ私も論理文の書き方を名工大で教えるとともにアウトリーチ活動としても始めているので,若い人が文章を書けないことへの危機感を阪大でも同じ頃に持たれたのかどうか,興味を感じています.
 

木下是雄(1981)『理科系の作文技術』(中公新書).

戸田山和久(2015)『新版 論文の教室 レポートから卒論まで』(NHKブックス).

堀一成,坂尻彰宏(2020)『阪大生のためのアカデミック・ライティング入門ー「学問への扉に」備えてー』(大阪大学全学教育推進機構).(web公開されています)